リハビリ現場で役立つ“動きの原理”を学ぶ1冊-『エッセンシャル・キネシオロジー(原書第4版)』レビュー

リハビリの現場から感じる課題

理学療法・作業療法の現場で、骨・筋・関節・神経がどのように連携して「動き」を生み出しているかを実感する場面は多々あります。

しかし、臨床場面で

あれ、なぜこの動きがスムーズに出ないのだろう

可動域は取れているけど筋力発揮がうまくいかない

関節の安定性と運動性能のバランスが難しい

と感じることも少なくありません。

こうした悩みを抱えるとき、運動学(キネシオロジー)の視点を改めて整理できる教科書的資料があると助かります。

そこで本書『エッセンシャル・キネシオロジー(原書第4版)』に注目しました。

臨床での「動きの異常」を理論的に理解し、「なぜ動かない/動きにくい」のかを裏付け付きで探る手がかりになるからです。

今回は、この1冊がリハビリ専門職としてどのような知見を提供してくれるか、9段構成でじっくり解説します。


書籍の基本情報

書名:エッセンシャル・キネシオロジー(原書第4版)

著者:Paul Jackson Mansfield, MPT / Donald A. Neumann, PT, Ph.D., FAPTA

出版社:Elsevier Health Sciences (Mosby) 

発行年:2023年6月12日(第4版)

定価・仕様:6820円。ページ数約432頁、フルカラー図600点以上、eBook版付属含

ISBN:978-0-323-82415-6(英語版) 

※日本語版の情報がある場合は別途出版社・翻訳監訳者・定価が異なる点にご留意ください。


書籍の概要と特徴

本書は、運動学・生体力学の基礎から開始し、関節・筋・骨格・歩行・呼吸運動といった多様な人体の“動き”を体系的に解説しています。

著者は理学療法/作業療法教育の実践経験が豊富で、臨床で使える視点を盛り込んでいます。

特徴として、次の点が挙げられます。

  • 600点以上のカラー図・イラストを用い、視覚的に理解を深める構成です。
  • 各章冒頭に学習目標・キーワードが設定されており、章末には振り返り用問題も用意されています。
  • 各関節ごとの「動き方」「支持構造」「筋・神経支配」「生体力学的な力の流れ」などを、臨床での可動域・筋力発揮・荷重伝達という観点から整理しています。
  • 「Clinical Insight」「Consider This」ボックスなどにより、理論から実際の臨床アプローチへ橋渡しがされています。

このように、座学的な「運動学」の知識を、現場で“動きを読む/動きを支える”という視点で活用できるように設計されているのが魅力です。


目次と各章の内容

以下、章タイトルごとにテーマ・目的・内容要約・臨床での活用ポイント・印象的な引用を整理します(※章内容は英語版を基にしています)。

第1章 Basic Principles of Kinesiology

テーマ:運動学の基礎概念(運動/力/軸・面・モーメント/運動連鎖)

目的:動きを構成する物理的・生体学的な要素を整理し、以降の章で用いる共通語彙を確立する。

内容要約:運動軸・面の定義、関節運動の種類、力‐モーメントの概念、筋‐骨格系における荷重伝達、生体力学的モデルの紹介。

臨床での活用ポイント:例えば、肩関節外転時に水平軸を意識して“なぜ軸のずれが肩痛につながるか”を読み取る際に役立ちます。

第2章 Structure and Function of Joints

テーマ:関節の基本構造と機能(靭帯・軟骨・液・滑膜・関節面)

目的:各関節部位がどのように構成され、どのように運動・安定を達成しているかを解明。

内容要約:関節分類(結合・軸構造)、関節運動の自由度、関節包・靭帯・軟骨の役割、荷重時・非荷重時の振る舞い、機械的制限因。

臨床での活用ポイント:膝関節が扉蝶番型運動を担いながら荷重受容器として働く時、靭帯・軟骨損傷後の“運動‐荷重‐安定”トライアングルを再構築する視点になります。

第3章 Structure and Function of Skeletal Muscle

テーマ:骨格筋の構造・神経支配・収縮様式・力発揮・筋‐骨セグメント動態

目的:筋がどのように“力=動き”を生み出すかを、構造と機能から理解。

内容要約:筋束の構造、筋膜・腱の連続性、支配神経、筋力‐長さ‐速度関係、筋‐骨ジオメトリ(起始・停止・モーメントアーム)など。

臨床での活用ポイント:例えば、肩甲上腕関節外旋筋群の起始停止と腕の位置関係から“どの位置で筋発揮が低下するか”を理論的に予測できます。

第4章 Structure and Function of the Shoulder Complex

テーマ:肩甲帯/上腕・鎖骨・肩甲骨複合体の運動構造

目的:肩を“腕を動かすための基盤”と捉え、複雑な連関運動を分解・理解。

内容要約:鎖骨・肩甲骨の動き、肩甲上腕関節・肩鎖関節・胸鎖関節の運動、肩甲骨‐胸郭リズム、腱板筋群・三角筋・肩甲下筋の役割。

臨床での活用ポイント:肩関節痛や回旋筋腱板障害のリハビリでは、“肩甲骨が40%力を担っている”という運動鎖を意識したトレーニング設計が重要です。

第5章 Structure and Function of the Elbow and Forearm Complex

テーマ:肘・前腕複合体の運動構造(回内・回外と肘屈伸)

目的:前腕回内・回外運動と肘屈伸が連動するための構造的・機能的背景を整理。

内容要約:肘関節の構成(上腕骨・尺骨・橈骨)、回内回外時の橈尺関節運動、荷重・回旋・伸展の力学。

臨床での活用ポイント:例えば、前腕回内制限が手関節/肩関節運動に影響するケースでは、この章の知見を使って“どこが鍵か”を検討できます。

第6章 Structure and Function of the Wrist

テーマ:手関節の構造と機能(荷重受容・回内外/背屈掌屈)

目的:手関節が上肢・手部機能に果たす役割を、運動・安定・荷重伝達の観点から整理。

内容要約:手根骨の配列、手根管内構造、手関節運動軸、荷重時の動き、関節包・靭帯の役割。

臨床での活用ポイント:手根管症候群・母指CM関節症のリハビリでは、“荷重を逃さず機能を引き出す”という視点でこの章の知識が生きます。

第7章 Structure and Function of the Hand

テーマ:手部細部構造(指骨・腱・靭帯・筋・関節)と機能(把持・操作)

目的:手指の多自由度運動を理解し、細部機能を臨床で捉えられるようにする。

内容要約:指関節の構造、深・浅指屈筋・伸筋腱の機能、指運動の連鎖、対立運動、把持パターン。

臨床での活用ポイント:例えば、握力や巧緻運動低下の症例では“どの腱・靭帯が制限因になっているか”を運動学的に思考できます。

第8章 Structure and Function of the Vertebral Column

テーマ:脊柱の構造・機能(椎間関節・椎間板・靭帯・筋・荷重伝達)

目的:体幹・脊柱が支持・運動・衝撃吸収をどのように実現しているかを整理。

内容要約:椎体・椎間板・椎間関節、筋・靭帯・膜系、荷重伝達パス、可動域・安定性・動的制御。

臨床での活用ポイント:腰痛・頸肩腕症候群のリハビリでは、“荷重→衝撃→制動”という運動連鎖を脊柱から読み取る知見が重要です。

第9章 Structure and Function of the Hip

テーマ:股関節複合体の構造・機能(荷重受容・動き・安定)

目的:股関節が“下肢から体幹・上肢へ動きを伝える”キーストーンであることを理解。

内容要約:骨盤・大腿骨・寛骨臼、筋群(大臀筋、中臀筋、腸腰筋など)、荷重・歩行・補装具時の機能。

臨床での活用ポイント:股関節術後・変形性股関節症リハでは、“荷重線とモーメントアーム”を意識した運動処方がこの章に基づいて考えられます。

第10章 Structure and Function of the Knee

テーマ:膝関節の構造・機能(屈曲・伸展・回旋・荷重)

目的:膝が荷重・回旋・屈伸を同時に担う関節としての特徴を整理。

内容要約:大腿骨・脛骨・膝蓋骨の関係、前交叉靭帯・後交叉靭帯・半月板・内外側靭帯など、動的安定性と運動時荷重。

臨床での活用ポイント:膝前十字靭帯再建後リハや変形性膝関節症では、“筋‐靭帯‐荷重伝達”という視点がこの章から得られます。

第11章 Structure and Function of the Ankle and Foot

テーマ:足・足関節複合体の構造・機能(歩行・荷重・衝撃吸収)

目的:足部が地面接触から体全体へ荷重を伝える機能を明らかにする。

内容要約:距腿関節・距骨下関節・足根中足関節、アーチ構造、蹴り出し・着地時の運動、筋腱膜構造。

臨床での活用ポイント:足底腱膜炎・足関節捻挫後のリハビリでは、“アーチ支持→荷重移行→蹴り出し”の運動連鎖を意識できます。

第12章 Fundamentals of Human Gait

テーマ:歩行運動学(支持期・遊脚期・二重支持期・ステップ・ストライド)

目的:人体が歩くという日常動作を、運動学・筋骨格・荷重伝達の観点から解析。

内容要約:歩行周期、筋作用・関節運動、荷重移行、歩行異常パターン(跛行・代償運動)。

臨床での活用ポイント:歩行が不安定な高齢者や中枢神経リハ後の患者では、“なぜこの代償が出ているか”を構造・機能から読み解く助けになります。

第13章 Kinesiology of Mastication and Ventilation

テーマ:咀嚼・呼吸/頭頸部運動のキネシオロジー

目的:リハビリ現場でも軽視されがちな“顔・頭部・呼吸”の運動構造を捉える。

内容要約:咀嚼筋群の作用、顎関節運動、呼吸筋・横隔膜・肋骨・胸郭の運動、および関連する荷重伝達・筋・靭帯。

臨床での活用ポイント:誤嚥・呼吸機能低下・顎関節症状を持つ患者に対して、“頭部-頸部-胸郭”という運動連鎖を理解することで、より包括的な介入設計が可能です。

以上、各章で「構造→機能→運動」あるいは「荷重・伝達→可動性・安定性→運動性能」というリハビリ視点の流れを踏まえており、理学療法士・作業療法士が臨床評価・介入設計に活用しやすい構成になっています。


読んで得られること

本書を読破することで、次のような収穫が得られます。

  • 臨床場面で出会う「動きの異常」や「可動性・安定性・筋力・荷重のギャップ」を、運動学的に整理して“なぜ起こるか”を論理的に説明できる力が高まります。
  • 筋・関節・骨格といった“構造”と、「どのように動くか/どのように力を伝えるか」という“機能・運動”のつながりを理解でき、介入設計(例えば可動域拡大→筋発揮促進→荷重移行)をより戦略的に立てられます。
  • 学生教育・新人指導の場面でも、「運動連鎖」「荷重線」「モーメントアーム」「筋‐骨ジオメトリ」などのキーワードを理解したうえで解説できるようになります。
  • また、図・イラストが充実しているため、視覚教材としても活用可能で、学生やチームメンバーと“動きの仕組み”を共有する際にも役立ちます。

全体を通して、理論だけで終わらず「現場で使える知見に落とし込む」ための橋渡しがなされている点が非常に価値があります。


どんな人におすすめか

以下のような読者に特におすすめです。

  • 理学療法士・作業療法士として、動きの“なぜ・どうして”に立ち返りたい方。
  • 学生・新人セラピストで、運動学・生体力学の基礎を臨床視点で整理したい方。
  • 指導者・教育担当者として、学生や若手に“動きのしくみ”を視覚的・論理的に伝えたい方。
  • 臨床場面で可動域は確保できているが、筋力発揮・機能回復・負荷移行などに課題を感じているケースを持つ方。
  • 多職種連携やチームで動きを説明・共有する機会が多く、「動きの言語化」を強化したい方。

実際に読んだ感想・臨床での活かし方

私自身、ある整形外科リハビリテーションの場面で

「肩甲帯の動きが乏しいが、可動域はまずまず出ている」

という症例を担当しました。

可動域が確保されているにもかかわらず、“腕を上げると肩甲骨が先行せず、上肢の力発揮が映えない”という現象に⎯しかも患者自身が「動きが重い/腕が上がるが疲れやすい」と訴えていました

そこで本書第4章「肩関節複合体」の章を参照し、肩甲骨リズム・肩甲上腕関節・鎖骨・胸郭の運動を“荷重・支持・運動”という観点で整理しました。

具体的には、肩甲骨の挙上・外転・回旋運動が適時起きていないために、三角筋・腱板筋群のモーメントアームが不利な位置に長時間置かれ、結果として筋力発揮効率が低下していたと推察。

そこで、肩甲骨の動き出しを促す体幹エクササイズ(胸郭回旋+鎖骨上方回旋促通)を介入に導入し、肩甲上腕関節の運動開始を整えたところ、翌週には「上がりやすくなった/疲れにくくなった」という報告が得られました。

本書が整理してくれていた「支持基盤」「運動軸」「モーメントアーム」「荷重転移」というキーワードが、まさにこの臨床での“なぜ起こったか”を説明し、チームスタッフにも共有・説明しやすかったというのが大きなメリットでした。

読後は、毎週のカンファレンスで「この動き、どのモーメントアームが変化したか?荷重伝達に滞りはないか?」という問いをチームで共有するようになりました。理論と臨床をつなぐ“言語”を整える意味でも、本書の活用価値は高いと感じています。


まとめ

エッセンシャル・キネシオロジー(原書第4版)』は、リハビリ現場において“動き=構造+機能+荷重伝達”という視点を深めたい理学療法士・作業療法士にとって、非常に価値ある1冊です。

多彩な図版・丁寧な構成・臨床寄りの視点が揃っており、

なぜ動かないのか

どのように動きを支えるか

という問いを理論的に整理し、実践に落とし込む橋渡し役として役立ちます。

もし、動きの理解をさらに深め、臨床介入を理論的に裏付けて設計したいと思われるなら、この本を手元に置くことを強くおすすめします。

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