リハビリの現場から感じる課題
片麻痺患者の動作について考える時、どうしても神経学的な視点に偏りがちだと感じることはないでしょうか。
脳幹網様体賦活路、CPG(central pattern generator)、感覚入力……。
確かに神経学的理解は重要ですが、私たち理学療法士・作業療法士は「運動・動作のプロ」です。
本来であれば、運動学を軸に動作を見立て、評価し、介入へつなげる視点が欠かせません。
こうした課題を感じたとき、運動学の視点から脳卒中を体系的に整理した一冊として「脳卒中運動学」は非常に頼りになる書籍です。
書籍の基本情報
書名:脳卒中運動学
著者/編者:鈴木俊明(監修)、嘉戸直樹/大沼俊博/園部俊晴(編)
出版社:運動と医学の出版社
発行年月:2021年10月
定価:6,050円(税込)
ページ数:約258ページ
電子版:医書.jpで電子版あり
書籍の概要と特徴
「脳卒中運動学」は、脳卒中における“運動の成り立ち”を徹底的にひも解き、神経学・解剖学・運動学の知識を実践的に統合した専門書です。
最大の特徴は、片麻痺にみられる異常運動や姿勢制御のズレを「運動の法則」から読み解く点にあります。
動作観察時に起こりやすい
「感覚入力の不足だから…」
「中枢性の協調不全だから…」
といった神経学的説明だけで終わらせず、実際に“なぜその運動になるのか”を運動学の視点で整理できる構成になっていることが本書の大きな魅力です。
目次と各章の内容
本書では、脳卒中後の運動を多面的に理解するために、以下のような流れで章が展開されます。
まず、脳卒中による運動障害のメカニズムを構造的に説明し、麻痺や異常筋緊張がどのように姿勢・運動に影響するかを解説します。
神経学的背景は押さえながらも、運動の出力に焦点を置いた説明が中心で、臨床での観察ポイントが明確になります。
次に、姿勢制御の考え方として、重心移動、支持基底面、アライメントの破綻がどのように動作の難しさを生むのかを、具体的な症例の動作パターンとともに解説します。
また、中枢神経系の損傷によって生じる筋協調性の障害や連合反応についても、運動学的に整理されており、実際の動作の見立てに役立つ内容が続きます。
さらに、歩行・起居動作・上肢機能といった主要動作ごとに、片麻痺者が示しやすい代償パターンを丁寧に分類し、「何ができていて、何ができていないのか」を見極める視点を詳しく解説します。
ここでは、代表的な動作パターンに加え、それをもたらす運動力学的要因(モーメント、筋活動、関節運動、運動連鎖など)が詳述され、臨床での分析力を鍛える構成になっています。
終盤では、評価と治療を結びつける思考プロセスが解説され、動作観察から仮説設定、運動学的介入へとつなげる方法が具体例とともに紹介されます。
印象的な引用として、「麻痺は変えられなくても、動作は変えられる」という一文があり、運動学的視点の重要性を象徴するメッセージになっています。
読んで得られること
本書を読むことで、脳卒中患者の動作分析の精度が大きく向上します。
神経学的説明だけでは捉えきれない“運動の質”を、関節運動・筋の働き・力学的関係から客観的に評価できるようになります。
また、片麻痺が生む非対称性や代償が「なぜ起こるのか」を構造的に理解できるため、臨床場面でのリハビリ介入が論理的に展開しやすくなります。
さらに、動画分析や歩行観察の際に生じやすい「なんとなくおかしい」という感覚を、具体的な運動学的表現に変換できるようになる点も大きなメリットです。
どんな人におすすめか
脳卒中リハビリを担当する理学療法士・作業療法士はもちろん、新人から中堅、教育担当者まで幅広く役立つ一冊です。
特に、
- 動作分析が苦手と感じている人
- 神経学的な説明はできるけれど動作の表現に落とし込むことが難しいと感じている人
- 片麻痺の特有の運動パターンを見極める力を伸ばしたい人
には最適です。
また、EBPや臨床推論を深めたい療法士にとっても、運動学的視点を磨く教材として非常に有用です。
実際に読んだ感想・臨床での活かし方
実際に読んでみると、難解な理論書ではなく、臨床をイメージしながら読み進められる構成になっていると感じます。
動作分析に必要な考え方が体系化されており、特に歩行や起居動作の章は臨床に直結します。
評価シートを作る際や、動作分析の指導を行うときにも活用しやすく、後輩教育の基礎教材としても重宝しています。
さらに、片麻痺患者の“できている部分”と“できていない部分”を明確に切り分ける視点が得られるため、介入の優先順位を整理しやすくなるのもポイントです。
特に、姿勢制御や上肢機能の章は治療方針を組み立てるうえで大きなヒントになります。
まとめ
「脳卒中運動学」は、脳卒中の動作分析を運動学の視点から再構築できる貴重な書籍です。
神経学的説明に偏りがちな臨床を、運動・動作の専門家である私たち療法士の視点へと引き戻してくれる一冊と言えるでしょう。
脳卒中患者の動作の“なぜ”を理解し、より効果的な介入へつなげたい療法士にとって、必ず役立つ内容が詰まっています。


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