動作を分析する、動作を変える――リハビリテーションが持つ専門性とは
「動作を分析する、そして動作を変える」
これは、リハビリテーションが他の医療職と一線を画す専門性だと思います。
整形外科の分野では、歩行の関節肢位や角度を話題にします。
脳血管障害分野では「荷重」や「随意性」といった神経学的な視点から動作を分析します。
生活期の現場では、動作を「環境」や「生活行為」と強く結びつけて語ることが多いでしょう。
それぞれの分野で焦点が異なることは当然ですが、「動作」をバイオメカニクスとして説明できる理学療法士・作業療法士は、実はそう多くありません。
臨床現場では、経験則や感覚的な言葉で動作を語る場面が少なくないのです。
だからこそ、「動作がどのような成り立ちで行われているのか」を体系的に理解し、各分野の特徴と結びつけて考えることが重要です。
本書『動作分析 臨床活用講座―バイオメカニクスに基づく臨床推論の実践』は、まさにその基盤を整えるための一冊です。
リハビリ専門職として“動作を科学する”力を磨きたい方にとって、欠かせない実践書と言えるでしょう。
書籍の基本情報
書名:動作分析 臨床活用講座―バイオメカニクスに基づく臨床推論の実践
著者:石井慎一郎(編著)
出版社:メジカルビュー社
発行年月:2013年9月
定価:5,600円+税
ISBN:978-4-7583-1474-9
判型・頁数:B5判/約245頁
電子版:あり(2022年1月18日発売)
書籍の概要と特徴
本書は、理学療法・作業療法の臨床で必要とされる「動作分析力」を、バイオメカニクスの理論をもとに体系的に学べる実践書です。
単なる関節角度の分析や観察の技術にとどまらず、
「動作をなぜそのように修正するのか」
「介入によって動作はどう変化するのか」
といった“臨床推論”の過程までを丁寧に解説している点が特徴です。
現場でよくある
「評価はできるけれど、そこからの介入につながらない」
「動作を見ているようで、実は捉えきれていない」
といった悩みを、理論と実践の両輪で解消してくれます。
目次と各章の内容
第Ⅰ章 序論――動作分析の目的と臨床的意義
本書の導入となる序論では、「なぜ動作を分析するのか」という根本的な問いから始まります。
動作分析とは単なる観察ではなく、患者の“動作障害の背景”を理解するための手段であると著者は説きます。
関節可動域や筋力といった要素を個別に評価するだけでなく、それらが「どのように統合され、実際の動作として現れるのか」を読み解くこと――これが臨床における動作分析の本質です。
序章を読むことで、評価と治療が「線」でつながる感覚を得られるでしょう。
第Ⅱ章 姿勢制御のバイオメカニクス――動作の出発点を理解する
動作のすべては“姿勢制御”から始まります。
第Ⅱ章では、静的・動的姿勢制御のメカニズムをバイオメカニクスの視点から掘り下げ、重心・支持基底面・アライメントの関係性を明快に整理しています。
例えば、立位保持ひとつをとっても、股関節や足関節の微妙なバランスが姿勢安定性に大きく関与します。
著者はこれを「動作の準備相」として位置づけ、姿勢制御を読み解くことがあらゆる動作分析の前提であると述べています。
臨床では、姿勢が崩れることで動作効率がどう変わるかを理解するヒントが詰まった章です。
第Ⅲ章 寝返り動作の分析――最も基本的な“回旋動作”を科学する
寝返りは、臥位からの最初の能動的な体位変換動作です。
第Ⅲ章では、寝返りがどのように可能になるのか、どの筋群がどのタイミングで活動し、重心移動がどう起こるのかを、図や力学的視点を交えて解説しています。
印象的なのは
「寝返りは単なる“横向き動作”ではなく、身体の連動性とタイミングの調和によって成立する複雑な動作である」
という一節。
寝返りが困難な患者では、どこかの要素(肩甲帯、体幹、骨盤、下肢など)が動作連鎖を阻害している場合が多く、ここを的確に見極めるための視点が身につきます。
第Ⅳ章 起き上がり動作の分析――臥位から座位への力学を読む
第Ⅳ章では、寝返りの延長線上にある「起き上がり動作」を扱います。
臥位から座位への移行は、重心を大きく動かし、体幹の屈曲・回旋・支持が同時に求められる高度な動作です。
本章では、正常な起き上がりの運動連鎖を示しつつ、障害がある場合にどの段階で動作が止まるのか、どの筋・関節が十分に機能していないのかを評価するプロセスが整理されています。
臨床で「ベッドからの離床が難しい」患者に対して、どの要素に介入すべきかを判断する基準が得られる章です。
第Ⅴ章 起立・着座動作の分析――“重心の上下移動”をどう支えるか
立ち上がる、座る――この動作は、重心の上下移動と下肢荷重のコントロールを伴うため、力学的な理解が不可欠です。
第Ⅴ章では、起立・着座における関節モーメント、足底圧、床反力などを丁寧に追いながら、動作効率を高める要素を解説しています。
例えば、膝伸展筋群だけでなく股関節伸展筋の活動タイミングがわずかにずれるだけで、動作全体の流れが大きく変わることが示されています。
著者は
「起立動作は下肢の筋力評価ではなく、力の伝達を観察するもの」
と語り、動作の力学的理解が介入の根拠になることを強調します。臨床で高齢者や整形疾患患者に向き合うセラピストにとって、まさに必読の章です。
第Ⅵ章 歩行の分析――最も奥深い“連続動作”の探究
本書のクライマックスとも言える第Ⅵ章では、歩行をバイオメカニクスの視点から詳細に分解しています。
立脚期と遊脚期における各関節の動き、重心移動、床反力ベクトル、筋活動のタイミングなど、歩行分析に必要な要素が網羅的に整理されています。
著者は
「歩行は単なる移動ではなく、重力とエネルギー効率の最適化されたバランスである」
と述べ、歩行を“生体の力学的芸術”として描いています。
歩行異常の背景にある要因(疼痛、筋力低下、可動域制限、神経学的要素など)を力学的に結びつけて考える力を養える内容であり、臨床の現場で即役立つ章構成です。
読んで得られること
- バイオメカニクスを臨床推論に直結させる思考法
- 動作観察の際に「何を見るべきか」「なぜそう見るのか」が明確になる
- 治療方針の根拠を、力学的に説明できるようになる
- 他職種や学生への教育場面で、動作の理解を言語化できる
単なる“理論書”ではなく、臨床家がそのまま活かせる「考え方のトレーニング書」として読むことができます。
どんな人におすすめか
- 臨床経験3〜10年目で動作分析をより深めたい理学療法士・作業療法士
- 学生指導や新人教育に携わるセラピスト
- “感覚的”な評価から脱却し、科学的に説明できる臨床を目指す方
- チーム内で動作を共通言語化したい管理職・教育担当者
実際に読んだ感想・臨床での活かし方
本書を読み進める中で印象的だったのは、
「動作分析とは“結果を眺めること”ではなく、“変化の方向性を見つけること”」
という視点でした。
立ち上がり動作一つを取っても、
- 重心移動
- 下肢筋群の出力タイミング
- 上肢の補助動作
- 床反力
など、分析の切り口は多岐にわたります。
しかし、臨床で本当に必要なのは、それらを統合して「どこを変えれば患者の動作が楽になるか」を見抜く力です。
この書籍では、分析→推論→介入の流れが明確に整理されており、臨床実践のスピードと質が格段に上がります。
バイオメカニクスが苦手なセラピストほど、この本を手に取ってほしい――そう感じる一冊です。
まとめ
『動作分析 臨床活用講座』は、動作の「見方」から「変え方」までをつなげる、臨床家必携の実践書です。
理学療法士・作業療法士としての“専門性の核”を見つめ直すきっかけを与えてくれます。
動作を変える力は、リハビリの力そのもの。
動作分析の原理を理解することで、臨床はもっと深く、もっと確かなものになるはずです。

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